ijimeyade2005-09-19

お釜日記。


お釜に行こうと思ったのは、山寺に行ったときのおばはんの一言が原因でした。
山寺駅から山寺に行く途中、お店が並んでいます。
そこのお店の中に、湿り煎餅なるものを売っている店が一軒だけありました。
買ってみると、煎餅なのにまるで焼き鳥のような食感がして、かなり美味です。
で、人がそうやって味を楽しんでいるというのに、店員のおばはんは、よほど暇なのか、先日トレッキングに行った自慢話をし始めるのです。
お釜と月山に行ったそうです。非常によかったと、日焼けの後をちらちらと見せながら、自慢してくれました。
それで行きたくなったのです。


で、お釜に行ったわけですが、すばらしかったです。どのへんがすばらしかったかというと、バスの運転手のおっちゃんがすばらしかったのです。
バスは、JR白石駅から出ている、普通の乗り合いバスなのですが、おっちゃんが普通ではない。
まず、なぜか知らないけど、白石市内を走っている途中で、なぜかやたらとクラクションを鳴らすのです。
で、どこにそんなにたくさんの障害物があるのかなあと疑問に思っていたら、そうではありません。どういうわけか、おっちゃんのクラクションがなったあと、わき道の歩行者が、バスの運転手席に向かって手を振るのです。おっちゃんも手を振っています。
なんという人脈であろうか。非常にハイレベル。
で、蔵王の山道に入ると、おっちゃんは突然アナウンスを始めて、なんとバスガイドよろしく、周囲の解説をしてくれます。普通の乗り合いバスなのに。
それだけでなく、「ここは綺麗だから」などと言って、バス停でもないのに路上駐車して、「どうぞあそこの柵をよじ登って、滝を見てきなさい」と促してきます。
それで言われたとおりに柵をよじ登ってみたのですが、確かに絶景でした。しかし足元は崖っぷちでした。
やがて頂上に着きました。しかしとても寒く、強風で、しかも雲がすごくてお釜など見えやしません。
なので、レストハウスで食事をして、霧が晴れるのを待つことにしました。
僕はカレーライスが食べたくて仕方ありませんでした。山といえばカレーです。
けれど、そこのレストハウスでは、「お釜定食」なるものを、前面に押し出しています。なので、それを注文しようとしました。
しかしポスターによると、「お釜定食は一つ一つその場で作るので少々お時間がかかります」という但し書きがあります。
心配になって、レジで食券を購入する際、「具体的にどのくらい時間がかかるのでしょうか」とたずねてみたところ、「5分です」と即答されました。ハイ・ポテンシャルな時間感覚だと思います。
お釜定食は、少しの混ぜご飯と、山菜、漬物、お吸い物という、質素なものでした。これで1200円也。僕の母親の手料理のレベルの高さを実感しました。旅に出ると、今まで見ていたものが違う視点で見られるようになる、とは、よく言ったものです。やっぱりカレーにすればよかったなあと後悔しました。
お昼を少し過ぎると、霧が晴れて、お釜が見えました。
絶景です。周囲の客たちは、「ざわざわ…」と、カイジのような騒ぎようです。僕も、やっと待った甲斐があったと感動して、隣のおばあさんに「やりましたねえ!」と声をかけました。
するとおばあさんは、「私も若い頃は歩いてここまで登ってきたんだよ。あのお釜の水辺のすぐ下まで歩いていけるのさー」と、貴重な情報をくださいました。お釜の絶景は、携帯のカメラで何度もおさめました。デジカメだったらもっと綺麗に撮れたのに、と悔やみました。
さて、お釜を見て満足し、帰ろうとバス停まで行ったら、また運転手がさっきのおっちゃんでした。
おっちゃんは、客のおばはん二人に向かって、「山の天気と女心は…」という講釈をしていました。
僕がバスに乗り込むと、「お、どうたった?」と僕に声をかけてきました。
僕は、「霧がはれて、最後の最後で見られましたよー」と答えました。すると、おっちゃんは、「こういう言葉知ってるかい?」ともったいつけたあと、「山の天気と女心は…」と始めました。
バスがまだ出発しないので、僕はすぐさま参考書を開いて勉強をしようとしました。
するとおっちゃんが興味津々に覗き込んできて、僕の本を没収し、読み始めてしまったので、僕は暇になりました。だから、お土産の原材料のところを何度も読んで、暇つぶししました。
帰りのバスは、行きよりも客が多かった。しかし僕以外全員おばはんだった。
帰りもまたおっちゃんは、バス停じゃないところに勝手に寄り道して、僕ら客に、すばらしい谷底を見せてくれました。行きのときの滝も見せてくれました。
おばはんらは感激した様子で、おっちゃんのことを「粋な運転手さん」と呼んでいました。そして、おっちゃんはおばはんらに囲まれて、写真撮影まで始めました。
なんという乗合バスだろうか!
JR白石駅でおりると、おっちゃんが、「試験がんばれよ」と応援してくれました。そして、一緒に乗ってきたおばはんらが、ふふふと笑ってました。
いいバスだなあと思いました。